フラグチェックともの思い4



 翌日はおあつらえむきに晴れていた。
 雲一つない青空を見上げる。うーん、あたしがこのグルデナに来てからというもの、ここぞという時は必ず、こんな風に綺麗に晴れている気がする。お披露目の日然り、森でピクニックした日然り。それほど例が多く出せるわけじゃないけども。
 あたし、アサキオ、ジギリス、ナノの四名は、馬に乗って街へと向かっていた。馬車を出すかとも聞かれたのだけど、昨日でもう、うんざりだったので、相乗りさせてもらう方を選んだのだ。
 そして現在、あたしを前に乗せて手綱を取っているのはアサキオである。なぜだ。い、いや、別に不思議なことではないですね。しかし、あのね、こ、これ、緊張するんですってば。正直、今めっちゃ手汗かいてるんですけど。
 以前のお出かけの際も相乗りはさせてもらったけど、ほら、その頃は自覚してなかったからさあ……。心臓が鳴ってるのは許して欲しい。そう、慣れない乗馬の所為だからね。うん、そうなのだよ。ねえ、これなんて拷問?
 大人しく馬車に乗った方がましだったか、いやそんな勿体ないこと、なんて忙しなく考えながら、あたしは馬に揺られていた。近い近い、身体が近いよー。同じ馬に乗ってるんだから当たり前だよねええ。ナノの馬に乗るのじゃ駄目だったのかな。いやいや、やっぱり勿体ないって。ていうかつくづく思うけど、こんな思考の女の分、余計な重みを課してしまったお馬さんには申し訳ない。
 遠くに見えていた石積みの壁が、段々と近くなる。大きく開く門があたし達を迎えた。
 速度が緩められると、気持ちも身体もずいぶん楽になった。緊張してたのもあるけど、前回も今回も、どうしても馬上じゃがっちがっちになっちゃうんだ。無駄に疲れてる感はある。馬にもばかにされてる。知ってる。
「身体は平気か?」
「ガタガタはしてるけど、大丈夫だと思う、たぶん。前も思ったけど、馬って、結構揺れるもんだね」
 うああ、降ってくる声と一緒に背中が微弱に振動してます先生! 馬の揺れに紛れさせろ! 平常心!
 ていうかこんなんで舌とか噛んだら洒落にならないから。
「普段使わない筋肉が動くから、慣れないとなかなかつらいだろうが」
「実はお試しで、乗馬体験はしたことあるんだけどね。って言っても、とってもゆっくり歩く馬を引いてもらってただけだし、所詮素人向けだったなって今なら思う」
 家族旅行で牧場に行ったんだったか、観光客向けの、たかだか十分程度のものだった。五十メートルトラックみたいな囲われた楕円を歩いて一周してくるだけのやつ。
 走る馬に乗るのはやっぱり全然違う。しかもあたしが慣れないからってスピード遅めにしてくれていたらしいのに。これでかっ飛ばしたらどうなるの。
「前回よりは、体重の掛け方はましになってるけどな。ああそうだ、ハス、練習するか?」
「練習? 乗馬の?」
「どうせ明日以降は空くだろう。良ければ俺が教える」
「やりたい。え、でも、良いの?」
「乗れて困ることはないだろ。よし、じゃあまずは上手い落ち方からだな」
「乗馬を教わるはずなのに落ち方とはこれいかに」
「下手な落馬をすると生命に関わるから。まず受け身の練習をしよう」
「なにそれ怖い。いやいや、笑って言わないでよ怖い」
 でもそういえば聞いたことあるぞ。源頼朝とか、確か死因は落馬だよね……。
 とりあえず今日は自力で馬から下りられたし、下半身の筋肉も大丈夫みたいだ。ちょっと足はふらついたけど、ぶらぶらストレッチしてる内に治った。ま、前回よりも短時間の乗馬だったからね。さすがにこの程度で駄目になったらうら若き女子高生の名が泣く。
 王都は高い壁に囲まれていて、出入りするには通行証が必要だ。まあ我々はルディカご一行だし、この絵の隊長さんがたがいるし、ほぼ顔パスみたいなもんだけどな。
 行商人のがっつりした旅支度、近場から出稼ぎに来たらしい村人の軽装を横目に進んだ。心の中で、すいませんすいませんと唱え続ける。ああ、行列に並ばないなんて、日本人の風上にも置けないぜ。
 簡単に荷の検分をしてから、あたし達は改めて王都入りした。帰って来たんじゃなくて観光しに来たっていうのが、新鮮な気分だ。
 ちなみに今日の格好は、皆、地味な感じである。お忍びというやつだ。
 あたしは生成りのブラウスに、厚手のジャンパースカート。全体的に、いつもより生地がごわごわしている。刺繍やフリルといった飾りも一切なく、機能的なポケットがついているのみだ。ザ・村娘。顎の下で紐を結ぶタイプの頭巾を被せられているので、どうにもコスプレ感は否めないけど。ふりふりのない、カントリー風ロリータというか。あ、もうそれロリータじゃないか。
 男性陣は普通に、シャツとズボンとか。ニットみたいな薄手の編み物のトップスとか。ベル三人に関しては、彼ら自身が持ってる普段着だとちょっと上質過ぎるので、ランクを落としたものなのだそうだ。こいつら庶民じゃないんだなと実感したよね。
 一応、友人同士で王都に遊びに来たよ、がコンセプト。
 あたしがお金持ちのお嬢様で他三人が使用人、という案も出たんだけど、ジギリスが「いや、似合わないでしょう」と一刀両断したので却下になった。おいあたしの方を見ながら真顔で言うんじゃない。
 まあ別にお嬢様やりたかったわけじゃないし、むしろこっちの方が良かったけども。どうせあたしが一番庶民ですよ。え? ノブレス・オブリージュ? 知らない子ですね。
 でもきっと、この国の貴族とやらよりも、日本に住んでたあたしの方が、便利で快適な生活はしてたからな。科学技術舐めるなよ。
 ついてきてくれていた離宮づきの近衛兵達とは門で別れる。馬を置いてきて、それから、不自然でないようにあたし達の周囲に散開してくれるのだそうだ。大人数で動くと目立つから。忍者だ。護衛任務って凄いな。
 当然のことながら、都の中央には王宮が見える。遠いような近いような、なんとも不思議な気分で仰いだ。こうして街の端に立つと、この王都が、城を頂点として広がっていることに気づく。丘の上に城を建てて、裾野に街を広げたんだろう。
「さて、どこへ行こうか? とりあえず中央通りにでも向かえば良いのかい」
「人のいっぱいいるところに行こう、と思ってたんだけど。ここでも十分多いね」
「まあ、門の近くだからね。でも中心部はこんなものじゃないよ? 特にこれから昼に向かうにつれて、どんどん人が増えるよ?」
「わあー、都会だあ」
 道行く人や、周囲の建物に目移りしていると、ジギリスが肩を竦めた。なんかいらっとする。
「そうやってきょろきょろしてると、本物の村娘みたいだよ」
「そう見えるのは良いことじゃないか、いちいちうるさいな。うーん、やっぱり、王宮の中とは全然違うね」
「そりゃあそうさ」
 いえ、あたしもまがりなりにも現代日本人。それも日本の中では都会の方で暮らしていたので、人が多いのに馴染まないわけじゃないのよ。
 でもここ暫くはずっと王宮にいて、規律正しい使用人の方々や兵隊さん達ばかり見ていたので、こうして雑然と気ままに動く人の波は、久し振りなのだ。さすがに人ごみ懐かしい! って気分にはならないけど。背景も服装も日本とは違いすぎて。
 や、でもテンションは上がってるな。やっぱ人ごみ懐かしいのかな?
「俺は人ごみ嫌い……」
 反対にテンションが下がっているのはナノだ。手袋をはめた手を、落ち着かなさげに、にぎにぎしながら歩いている。
「このお坊ちゃんめ」
「否定はしない」
 本当にそわそわと視線を彷徨わせている。まじで苦手なのか。
「……つきあわせてごめんね」
 せっかくの外出なのにと哀れみを感じて、つい謝ってしまった。ナノだって普段、訓練やらなんやらで、王宮の外に出ることはほとんどないのだ。
 赤髪のベルは、いやそんなつもりじゃ、と慌てて手を振った。
「ちょうど買いたい物もあったし、良い機会なんだけど」
 彼はため息を吐いて、「いいかげんに俺も慣れないとな」と呟いた。
 昨日馬車で通った道筋を逆に辿るように、坂を上っていく。先程ジギリスが言っていたように、街の中心部に近づくほどに、人の数は増えていった。店から呼び込みの声が聞こえたり、たむろっている若者達がいたり、連れ立って買い物をするおば様がたがいたり。
 なるほど、栄えている都市だ、と改めて思う。あたしは完全に物見遊山気分で、あっちを見てはこっちに目をやり、を繰り返していた。都会に夢見る村娘っぽくて良いではないか、と開き直ったのもある。
 だってぶっちゃけ楽しい。幼子を連れた家族連れに、腕を組むカップル、友人数人のグループ、ゆっくり歩くおじいちゃん、配達中らしい荷物を抱えた男の人達。周りの人々は、あたしがルディカだなんて、露ほども思わないだろう。
 中央通りは、小洒落た商店街って感じだった。センスが我が和の民とは違う異国のものなので、余計に物珍しく独特に見えるのかもしれない。服屋さんやレストラン、お菓子屋さん、宿屋なのかオープンカフェなのかよく分からない店(たぶん兼業)に、アクセサリーショップ、などなど。色々な店が並んでいて目が忙しい。
 ちらっと覗いたところでは、一本奥に入った通りの方は、どうも露店メインの市場のようになっているみたい。あっちも面白そうだなあ。
 ぐるっと一巡りしてみると、どうも、奥の方へ進むにつれて――つまり、坂を上ってお城に近づいていくにつれて、より高級な店が軒を連ねているようだった。
 いかにもブランド店ですってな感じに趣向を凝らしたディスプレイは見ているだけで楽しい。きらきらしたドレス、シンデレラみたいな靴、花開くように展示されたストール、色とりどりのパーティーバッグ。貴族のお姫様ってこういうところを出入りするんだろうな。そうかと思えば、一見しただけでは何の店かすら分からない、近寄りがたい扉もあった。あからさまに一見様お断りの雰囲気!
 坂を下り、もう少し取っつきやすく、庶民でも気軽に出入りできる店の並ぶゾーンに戻ってきた。ふう、安心して息ができる。
 まあこの辺も一等地だし、軒並み良いお店ではあるんだろうな。老舗っぽいのもあるし。でも、もう少し親しみやすく、手が届く感じ。ちょっと贅沢したい時向けっていうか。
「ハス、ちょっとおいで」
 ジギリスがにこやかに手招きするのに、反射的に嫌な顔を向けてしまった。ひどーい、なんてぶーぶー言うんじゃない。おのれは女子か。ていうかこいつの心臓どうなってんの? 心臓に毛が生えてる人って本当にいるんだあー、へえー。
 彼の示す場所にあったのは、土産物屋と雑貨屋を足して二で割ったような、小さくも奥行きのある店だった。女の子が数人、店頭できゃっきゃしているのに興味を引かれる。なに見てるんだろう。
 覗き込んだ先にあったのは、ずらりと並べられた絵姿だった。ポストカードみたいのもあるし、ブローチや小物入れなどのグッズになっているものもある。あれ、なんか想像と違った。もっとビーズアクセとか化粧道具とかぬいぐるみとか、女子力の高いアイテムを見てるのかと思ったのに。これが男性アイドルグループのブロマイドとかだったらまだ納得できるんだけど……?
 軒下にずらりと並べられた品物を見渡す。そうだ、なんか既視感を覚えると思ったら、まるでアイドルグッズ販売店みたいなんだ、このお店。奥には普通の雑貨も見えるし、この一角だけだけど。でも全部同じ女の子の顔なんだよな。長い黒髪の少女。悪いけど、そんな騒ぐようなものには見えないんだけど――。
 ん?
「どれにしよう、迷っちゃうよ」
「やっぱりさりげなく持ち歩ける方が良いんじゃない?」
「私はこのロケットにしよっと」
「オルゴールも良いよね。でも結局、飾っておくだけになっちゃうかな」
「あーあ、せっかくならお披露目式も見られれば良かったのに」
「生のルディカ見たかったね。その方がもっとあやかれたかもしれないのに」
「今回のベルも凄く格好良いんでしょ? ルディカ良いなあ、羨ましいなあ」
「だーかーら絵姿買うんでしょ。私達の恋も叶えてください! なんてね」
 ぎぎぎぎぎ、と錆びついたロボットになった気分で、楽しげにおしゃべりする女の子達と視線を合わせないよう、あたしは正面を向き、ゆっくり後ろに下がっていった。今、表情が死んでる。真顔になってる。隣でにやにやしてる男、張っ倒したい。
「なんなのこれ。どういうこと」
「ご覧の通り。ルディカにあやかると恋が叶うとも言われるからね」
「完全に縁結びのお守り扱い」
 一つ言わせていただきたい。悲しいが、あたしはあんなにお目々ぱっちり小顔美少女じゃない。本当になんなのこれ。新手の苛めかよ。
 うわああん、肖像画嫌だ嫌だと思ってたけど、あずかり知らぬところでなんか勝手に描かれてるのも嫌だああああ。似てないうえに美化されすぎとか耐えきれないってレベルじゃないぞ。肖像権って概念が来い。ていうかここまで似てなくても肖像権ってきくの? そういう問題じゃない? 混乱してわけが分からないよ。
 あれがルディカのハスとして広まっているというのか。世間って無情である。
「君にも一つ、買ってあげようか?」
「いらんわ!」
 ぎゃん、と吠え返すと、ジギリスは本当に可笑しそうに、声を上げて笑い出した。
 こ、この、てめえええ、月夜ばかりと思うなよ!

2015/10/07


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