出会いイベント3



 扉を押さえ一礼するいかにも召使い然としたお仕着せの人。その向こうから、失礼致します、と聞こえた声は覚えがあった。あれ。
 彼らが入ってくる。聞き取った声色に間違いはなく、先導しているのはさっきの黒髪のお兄さんだ、その後に金髪のお兄さん、ラタムが続く。一人、二人、三人、……四人。最後に遅れて入ってきた赤毛の男の子はきょろきょろと辺りを見回していた。落ち着かないのはあたしだけじゃないんだな。ちょっとほっとする。
 四人はあたしの前に並んだ。あたしは顎を引く。
 四人が四人とも美形だよ……。ストイック系、柔和系、お人形系、やんちゃ系。見本市か。美形密度が高いと窒息するんじゃないかな一般階級は! そろそろお気楽に鑑賞もできないよ。
 金髪のお兄さんがあたしの緊張を解くように笑いかけてくれる。ああ、ありがとうございます。笑顔は全世界共通。敵意のないことを示す簡単な手法。
 よし、気あい入れよう。なにがあろうと、握手はまずは右手から。友好って大事だよ。
「先程は失礼を。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。近衛〈青花〉隊長のアサキオ・グローリーであります。一のベルを拝命いたしました。どうぞよろしくお願いいたします」
「う、あ。こちらこそさっきは取り乱してしまって……すみません……」
 こんな正式な挨拶、受けたことない。うああ。動揺する!
 勢い良く手を振るあたしに、お兄さん――アサキオはふっと表情を緩めた。ちょっときゅんとする。なんだあたし。
「同じく近衛〈黒華〉で隊長をしているジギリス・ターレンです。こんにちは、ルディカ。これから二のベルとしてお仕えさせていただきますね」
 にこりと柔らかく笑ったのは金髪のお兄さんだ。なんというか……女の子がイメージする王子様、って感じ。言っちゃ悪いけど二次元から出てきたかのようだ。なんてきらきらしい。髪と同じ色の瞳が細まって片頬だけにえくぼができている。
「三のベル、ラタム・アギ。神官です」
 対照的にラタムは素っ気ない。このエルフは。隣の男の子が困ってるでしょ。こんな気遣い足りなくて他の人達と上手くやれてるんだろうか。まあ彼の名前はさっきも聞いたから、たくさん挨拶されてもそれはそれで困るわけだが。
「ええっと、ナノ・フィーマっていいます。四のベル拝命しました。あ、兵士見習いです!」
 赤毛くん。ウルフカットってこのファンタジーっぽい世界でも使って良い用語なんだろうか。どことなく人懐っこい犬を連想する。なんかこの彼、うちの高校にいてもあんまり違和感ないなー。そりゃあ髪は赤いし、顔は綺麗だけど。あ、ピアスしてら。
 四人があたしに視線を持ってくる。
「あたしは成木蓮子です。ん、蓮子・成木になるのかな」
 基本ヨーロピアンな雰囲気だから勝手に名前・名字だと思って聞いていたけど。どっちがファミリーネームでどっちがファーストネーム?
 ラタムが解説してくれたところによるとあたしの解釈で正しかったらしい。名字が先って言うと驚かれた。
「ルディカって、言われましたが実感はないです。っていうかなんなのかもよく分かってないし。普通の高校生やってました」
「コウコウセイ?」
 金髪のジギリスが聞き返してくる。
「あーっと、学生? です」
「ああ、なるほど」
 尋ねてみると、アサキオとジギリスが十九歳、ラタムが二十一、ナノが十八らしい。お兄さん勢はもっと年上かと思ってた。ナノが一個上なのは逆にびっくりしたけど。
 年齢を聞いちゃうと余計に気になるもので、敬語をやめてくれるようにお願いする。
「ですが……」
「まあ、良いんじゃない、アサ。ルディカがこう言ってるんだし」
 渋るアサキオをジギリスが宥めている。ラタムは静観で、ナノはあわあわしていた。
「アサキオさん、お願いします」
「アサキオ、とお呼び下さい」
 そんな二個も上の人を呼び捨てとかハードル高いんですが。
 日本の中高って、割と年功序列を学ぶところだと思うわけで。あたしは部活は入ってなかったけど、それでもそういう環境で五年も生活してきたら、それなりに身につくものだ。そんなあたしの常識では、ルディカだかなんだか知らないけど、本当やりづらい。
 結局アサキオが折れた。呼び方は全員が全員で呼び捨てあうという妥協案をジギリスが出してきて面白いことになった。なにがっていうとラタムの表情が。やっぱりこいつ人間関係苦手なタイプだな。
 ナノだけは謝りまくってあたし以外の三人にさんづけしても良いことになったんだけどね。良い笑顔のジギリスをアサキオが止めてた。悪い上司がいた。
 あたしは、ハスって呼んでもらうことになった。


 本当は一緒に晩餐会みたいな予定だったらしいんだけど、あたしは疲れているからってピーチュが進言してくれて、取りやめになった。桃ちゃん、ありがと。
 隊長二人と神官は出ていった。赤毛のナノだけは残った。どうやら彼はこれからあたしの従者の立場に着くらしい。本当は一人にしてほしかったけど、そういうわけにもいかないのか。ピーチュもさっきなにかの打ちあわせとかで出ていったけど、戻ってくるんだろうし。
 ちなみに他の男達は護衛と、当座の教育係だという。
「まあ、今日は給仕だけしたら帰るよ」
「あ、うん。ってちょっと給仕って」
「なに?」
「いやいやなに普通にしてんの。自分でやるよ。それくらいできるよ」
「えー、でもおれの仕事だし。取んなよ」
「どうしよう言葉が通じない。っていうか、それくらいなら一緒に食べれば良いんじゃない?」
「でも気張って疲れただろ? ちゃっちゃと休んだ方が良いよ」
 そう言ってナノはにかっと笑った。ああ、爽やか眩しい。気を遣われているんだ。面目ない。
 でも居心地は悪いんだーよー。
 うううっと唸りながら皿を突っつく。なんだよ、と爽やかくんが口を尖らせている。
 ナイフ、フォーク、スプーン。とりあえず食器に不自由はない。手掴みとか言われなくて良かったー。異文化怖い。
 正式なテーブルマナーなんて期待すんなよ! 異文化怖いいい。
 あたしは上目遣いにナノを見上げた。首を傾げる彼に、問いかける。
「――ナノはさ、嫌とか思ったりしないの? あたしみたいなのに仕えろ、とか言われてさ」
「べっつにー。おれって見習いだろ。見習いの仕事って要するに雑用なわけ。勿論訓練は訓練できっちりあるし、警備の仕事も先輩達と一緒にやるけど、一日の大半は雑用。洗濯したり、馬の世話したり、食事運ぶの手伝ったり、な。ベルになった分そっちはある程度免除されるし、似たようなことするならむさい男といるより女の子の方が良いじゃん」
「……なるほど。納得した」
 身も蓋もないが。
 でも、率直な言い方には好感が持てる。少しだけ頬を緩めると、ナノが息を吐いたようだった。ん?
「良かったよ。ルディカっていうからもっと高飛車な美少女なのかと思ってたけど、ハスはそんなことないよな」
「……それってあたしが可愛くないって言ってる?」
「そういう意味じゃなくって! そうじゃくて、よくいる貴族のお嬢みたいな、わがままなのじゃなくて良かったってこと。ハスとなら、仲良くなれそうだし」
「そう」
 それは、良かった。
「これからよろしくな!」



 夕ご飯を食べて、たらいでお湯を使わせてもらった。
 お風呂はないのか聞いてみたら、一応あるらしい。ただ準備に時間が掛かるらしく。今日は早く休んだ方が良いだろうってことでこうなったのだという。確かにその方が良かった。トイレは外にぼっとん便所みたいなやつがあった。まあ、お祖母ちゃんちは昔はこのタイプだったし、室内に壷とか置かれてるよりはまし。
 あたしがこれまでいたのは要するにリビングにあたる部屋だったらしく、続き間で隣に寝室があった。高級ホテルみたい。
 ゆったりしたネグリジェのようなものを着せられる。そもそもネグリジェってどんなものかよく分かってないんだけど。ナイトガウン?
 セーラーの中に着ていたTシャツと下着とは洗濯に出されてしまった。洗えるのかな。洗濯板を持って戸惑うメイドさんのイメージが浮かぶ。唯一の所持品であるエコバッグは中に入っていた財布ごと、セーラー服と一緒にクローゼットの中へ。手元にあると分かっているのはちょっと安心する。
 お湯の後は、遅くなって冷めてしまった食後のお茶を飲んだ。淹れ直してくれるとも言われたけど、そんな、必要ないって断った。どんだけお嬢様扱いされるんだ。
 あたしの濡れた髪をタオルのような布でくるんで、水差しの準備をして。そういった細々しい用事を片づけて、そうしてピーチュも下がっていった。隣の部屋にいるから、用がありましたら呼んで下さい、だそうだ。
 あたしのいる区画は、元々ルディカのために造られたところなんだって。道理で豪華だと思った。さっきまではそんなに気にならなかったけど、一人になると、身に染みる。庶民の心臓をもっと労ってくれ。
 ぼふり、ベッドに身を投げる。枕に顔を押しつける。……なんか良いにおいする。なんぞこれ。頭ぐりぐりするのがもったいなくなってきた。あたしは無言で枕を形良く整え直した。
 ……色々なことに慣れなくてはいけない。そして実際、慣れていくのだろうと思う。そういうものだ。今も、実感は、湧かないけれど。
 ルディカ。グルデナ――世界の外から、神の国から来た乙女。左手で右手を持ち上げる。至高なるルドゥキアに選ばれた。
 神話とか、伝説とか。そういうものは、あたしの感覚では日常とは切り離されている。でもここではそうじゃない。なんたって女の子の手が光るんだし。
 お話として聞くなら、素敵だろう。小さい頃はそういう本も読んでいた。そういえばそうだった。冒険や魔法に満ちた世界。男の子が、女の子が、悩んで、成長して、最後は皆幸せになる。楽しかった。
 あたしは選ばれたのだという。世界を救う存在として、神様に。お話なら主人公ってところだ。そこそこありふれた物語に、安心できる展開。
 でもだって、あたしは普通の女の子なのに。なんなの。なんなのこれは。
 ああ、でもこんな感情も、なんだかとっても主人公らしいじゃないか。
 異世界だって? 信じらんない。でも手が光る。もう分かんないよ。
 ピーチュが残していってくれたランプの頼りない光の中で、あたしはとっくりと手の甲を眺めた。単純化された花の絵がそこにはある。これが証し。こんなのが。ばっかばかしい。
 あたしは毛布をひっ被って丸くなった。
 なんにも考えない。考えない。
 皆どうしてるのかな。心配したりしてないかな。
 考えない。
 瞼を下ろす。
 眠りに落ちる。闇。

2012/01/27


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